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没後65年後に実現! 詩人で建築家 立原道造が夢見たヒアシンスハウス・風信子荘へ


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埼玉県さいたま市浦和区の別所沼公園にある小さな小さな住宅「ヒアシンスハウス/風信子荘」をご存知でしょうか。随分前から気になっていたのですが、ようやく今回訪問することができました。

実はこの小さな小さなヒアシンスハウスの家主 立原道造(たちはらみちぞう)は1939年に亡くなっています。このヒアシンスハウスは建築家立原道造が自分のための別荘として設計した住宅ですが、しかし、この別荘を本人は入ったこともなければ、目にしたことさえないのです。

なぜ、80年以上前に亡くなった人の住宅が埼玉県さいたま市の公園にあるのか。ヒアシンスハウスの家主である立原道造とはいったいどんな人物なのでしょうか。

立原道造設計 ヒアシンスハウス・風信子荘 写真:建築とアートを巡る
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詩人で建築家の立原道造とは

詩人であり建築家だった立原道造は東京生まれ。数多くの建築家を輩出している東京大学建築科を卒業しました。東大では岸田日出刀研究室で在学中に建築の奨励賞である辰野賞を3度も連続受賞しています。このことから若き天才であったことが窺い知ることができます。

東京大学の卒業設計は「浅間山麓に位する芸術家コロニイの建築群」でした。

居室内のポートレート、立原道造設計 ヒアシンスハウス・風信子荘 写真:建築とアートを巡る

卒業後は石本喜久治が主宰する石本建築事務所に勤めるかたわら詩人としても活動しました。

1934年の夏に初めて長野県軽井沢に近い信濃追分に滞在し、そこで村の生活を経験します。その経験をもとに、詩「村ぐらし」「詩は」を発表し、文壇に登場します。

立原は頻繁に軽井沢を訪れ、堀辰雄や室生犀星などと交流しました。

椅子も計画通り、立原道造設計 ヒアシンスハウス・風信子荘 写真:建築とアートを巡る

生前には自費で二冊の詩集『萱草に寄す』『暁と夕の詩』を刊行。1938年に第1回中原中也賞を受賞しましたが、翌年に24歳8か月という若さで結核により亡くなります。

立原道造は詩人としても建築家としても若くして才能を発揮していました。というのも堀辰雄らが編集し、自らも関わっていた詩誌『四季』でみずみずしい青春の心情を表現する一方で、建築家としても秘めたる才能を発揮していたのです。

立原道造が遺した設計思想は現在も多くの人に称賛され続けています。だからこそのヒアシンスハウス実現なのです。

ベッドサイドの窓、立原道造設計 ヒアシンスハウス・風信子荘 写真:建築とアートを巡る

ヒアシンスハウスとは

立原道造は1937年から1938年にかけて、静寂な雰囲気に包まれた埼玉県別所沼の畔に、週末滞在するための小さな別荘を建てようと計画していました。

当時の別所沼周辺は芸術家たちが集まる芸術家村のような場所だったのです。立原道造の友人たちもこの地に多く住んでいたため、ここを週末の住まいの場所として選んだのでしょう。

旗も計画通り、立原道造設計 ヒアシンスハウス・風信子荘 写真:建築とアートを巡る

立原は約五坪の住宅を「ヒアシンスハウス・風信子荘」と名付け、せっせとスケッチや図面を描いていました。しかし、立原の夭折により、この夢は実現することはなかったのです。

66年後の2003年、別所沼公園がさいたま市に移管されると同時に、立原道造の夢みたヒアシンスハウスを建設するプロジェクトが始まりました。

そして、2004年11月、市民や企業、行政の協力のもと別所沼公園にようやく「ヒアシンスハウス」が実現したのです。

立原道造設計 ヒアシンスハウス・風信子荘 写真:建築とアートを巡る

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ヒアシンスハウスの見学

当然ですが、ヒアシンスハウスに実際に住んでいる人はいません。

ですから、外観だけなら昼夜を問わずいつでも見学可能です。

でも、わざわざ埼玉県まで出向くなら、内部の見学もしたい!ということで居室内の見学ができる日に行ってきました。

見学可能なのは水・土・日・祝日限定です。

窓の開閉、立原道造設計 ヒアシンスハウス・風信子荘 写真:建築とアートを巡る

しかし、居室内には空調がないため猛暑の日など、天候によっては見学を中止する場合があるそうです。私は黒川紀章設計の最初の美術館埼玉県立近代美術館とあわせて見学に行ってきました。

最近は、2024年1月に内田有紀が案内役としてヒアシンスハウスを訪れる「新美の巨人たち」(テレビ東京)が放映されたため、いつもより見学者が多いそうです。

窓全開、立原道造設計 ヒアシンスハウス・風信子荘 写真:建築とアートを巡る

見学日に行くと、窓の開閉をしたりすることができます。立原は「窓」について文章を遺しています。それくらい窓にはこだわりがあったことがわかります。

わざわざ埼玉まで足を伸ばすなら、ぜひ、立原こだわりの窓を内部から見たり、開閉してみたりできる見学日に行きましょう。

雨戸、立原道造設計 ヒアシンスハウス・風信子荘 写真:建築とアートを巡る

▲雨戸が閉まっている様子。見学日でない日はこのような状態の外観を見ることになります。

中から、立原道造設計 ヒアシンスハウス・風信子荘 写真:建築とアートを巡る

▲居室から見た窓越しの風景。とても狭いのですが、この大きな窓のおかげでかなり開放的です。

居室内、立原道造設計 ヒアシンスハウス・風信子荘 写真:建築とアートを巡る

▲居室内の様子です。大きな窓の反対側にはベッドスペースがあります。

さながら、ヒアシンスハウスは、誰もが子どもの頃夢見た秘密基地の大人バージョンです。小さいながらもリビングエリア、書斎エリア、寝室エリアがあって、別荘ならこれで十分かもしれません。

家主が見ることのできなかったヒアシンスハウスで、立原が夢見たここでの暮らしに思いを巡らせると、24歳という若さで亡くなった無念さと心情に涙が出ます。

もしも立原がもう少し建築家として活動を継続できていたら、どんな建物がこの世に生まれていたのでしょうか。

きっと大規模建築を手がけて成功をおさめたとしても、自分の住まいはヒアシンスハウスのような規模だったのではないでしょうか。いや、むしろ大掛かりな建築を手掛ければ手掛けるほど、ヒアシンスハウスに回帰していったかもしれません。

ヒアシンスハウスと一緒に訪れたい▼

基本情報

ヒアシンスハウス(風信子荘)


居室内見学可能日:水・土・日・祝日 

10:00 – 15:00 (12:30 – 13:00 閉室)

入場無料 

*天候、温度などで急遽閉室になる場合あり

さいたま市南区 別所沼公園内 MAP

アクセス:JR埼京線 中浦和駅から徒歩5分、JR京浜東北線 浦和駅から徒歩20分

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