コンテンツへスキップ

森美術館「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」。分断の時代だからこそサブカルチャーとしての公民権運動や民藝を見つめ直す


<
フォローする
シェア:
記事の評価

六本木ヒルズ森タワーの最上階に位置するので東京で最も高所にある、現代美術の企画展を開催する「森美術館」で、いま世界が注目するブラック・アーティスト、シアスター・ゲイツ(Theaster Gates)の日本では初めてとなる個展《シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝》が開催されています。

このところグループ展が続いていた森美術館では久しぶりに開催される一人のアーティストによる個展です。

シアスター・ゲイツはアメリカはシカゴのサウス・サイド地区を拠点に、彫刻と陶芸を中心に、でも音楽、パフォーマンス、建築などジャンルを横断した活動を、時には地元コミュニティをも巻き込みながら展開しているアーティストでありアクティヴィストです

▲日本には20年前に愛知の常滑で陶芸を学ぶために来日し、以来陶芸や民藝といった日本の文化に影響を受けた作品制作も行っています。

無名の職人たちが作り出した工芸品が持つ普遍的な美と、アメリカの公民権運動など「ブラック・イズ・ビューティフル」な運動とは植民地主義的な権力に対して抵抗するサブカルチャーという点で共通するのだというコンセプトが「アフロ民藝」。

この展覧会ではそのタイトルのままに、シアスター・ゲイツのオリジナル作品と民藝の品々のコラボレーションが展示されています。

スポンサーリンク

《アフロ民藝》の展覧会構成

展覧会は「神聖な空間」「ブラック・ライブラリー&ブラック・スペース」「ブラックネス」「年表」「アフロ民藝」の5つのセクションで構成されています。

それでは、各セクション事にいくつか作品をピックアップしてご紹介します。

「神聖な空間」

展覧会は「アフロ民藝」についてのシアスター・ゲイツのマニフェストから始まります。

アフロ民藝というコンセプトが今ひとつよく分からなかった人でも、そういうことかと分かる素敵な文章です。

木喰上人《玉津嶋大明神》 この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示 – 非営利 – 改変禁止 4.0 国際」ライセンスの下で許諾されています

▲入口に置かれているのは江戸時代の僧侶、木喰上人(もくじきしょうにん)が彫った和歌の神様「玉津嶋大明神」の木像。河井寛次郎が所有していたのだそうです。

アフロ民藝展を象徴するような作品が迎えてくれます。

▲潜戸を抜けるようにして入る先が「神聖な空間」なのでしょう。

シアスター・ゲイツの陶芸作品やインスタレーションと日本やアメリカの工芸作品が展示される空間です

▲「神聖な空間」でも大きなスペースを占めるのが《へブンリー・コード》というインスタレーション。

またこの空間の床自体も「散歩道」というシアスター・ゲイツの作品です。

敷き詰められた煉瓦はこの展覧会のためにワンオフで制作されたものです。

シアスター・ゲイツ《ヘブンリー・コード》 この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示 – 非営利 – 改変禁止 4.0 国際」ライセンスの下で許諾されています

▲《へブンリー・コード(A Heavenly Chord)》はハモンドオルガンB-3と7台のレスリースピーカーで構成されるインスタレーションで、常時ウォーンというレスリース特有の音が流れています。音が渦巻くように聞こえるのでよく聞いてみてください。

レスリーが7台常に唸りを上げているというのは、これは黙示録の7つのラッパの暗喩ですよね。今は7つ目のラッパが鳴っている世界だということでしょうか。

そして硬い木製のベンチ椅子が置かれているのは、この空間をシカゴの黒人居住区の教会に見立てているからです。

となると、日曜日には牧師さんがバンドや聖歌隊をバックに歌いながら説教をするのでしょうか?

はい、その通りです。

ゴスペル演奏

5月以降の毎週日曜日、14時から17時の間、日本人オルガン奏者による演奏が行われるそうです。曲目などは分かりませんがたぶんゴスペルが演奏されると思います。日曜日に訪問する予定があるならぜひ体験してみてください。予約は不要で席は早いもの勝ちです。

The Black Monksのパフォーマンス

また、4月24日(水)から28日(日)まで、つまり開幕後最初の5日間はシアスター・ゲイツのバンド「The Black Monks」が演奏をします。

時間は13時、14時、15時、16時の4回。それぞれ10分程度のハモンドオルガンとボーカルによるパフォーマンス(というかゴスペル)です。ただし予定時間は予告なく変更されることもありますし、予告なくキャンセルされることもあります。

初日に実際のパフォーマンスを体験しましたが、ブラックフィーリング溢れる素晴らしいパフォーマンスでした。実際の教会みたいに観客も一緒に歌い踊れます。

なおこのパフォーマンスは写真撮影も動画撮影も禁止です

「ブラック・ライブラリー&ブラック・スペース」

過去十数年にわたり黒人の文化やそれに関連する品々を蒐集・保存してきたシアスター・ゲイツのコレクションをアート作品として展示しています。

▲そのゲイツのアーカイブが再現されている空間。

手前の本棚に並ぶのは黒人向け雑誌をファイリングしたもの、奥に見える本棚には黒人文化に関する書籍が並んでいます。

▲雑誌はNGですがそれ以外の書籍は実際に閲覧することもできます。

▲ライブラリーの隣の部屋にはソファーが置かれ、50年代から70年代にかけての黒人向け雑誌を実際に手に取り読むことができます。

テーブルの上に置かれているのは「EBONY」という黒人中産階級向けの雑誌。

60年代になると大学を出て知的労働者として働く黒人、商売で成功して財を成した黒人も多くなってきます。音楽でいえばベタベタなソウルや泥臭いブルースからソフィスティケートされたニューソウルや白人にも受けるポップなモータウンへという時代ですね。

シアスター・ゲイツ《黒い縫い目の黄色いタペストリー》 この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示 – 非営利 – 改変禁止 4.0 国際」ライセンスの下で許諾されています

▲これは消防ホースを使った作品。

黒人たちに向けて警察が放水して弾圧したことを思い出すために同じ場所に展示されています。

▲同じ展示室内にはシアスター・ゲイツの建築プロジェクトのパネルが展示されています。

シカゴという街での地元コミュニティとの絆によって成功させてきたプロジェクトが、今の時代だからこそ普遍的な価値と意味を持つんですよね。まさにローカルからグローバルへ。

シアスター・ゲイツ《避け所と殉教者の日々は遥か昔のこと》 この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示 – 非営利 – 改変禁止 4.0 国際」ライセンスの下で許諾されています

▲このセクションの最後は映像作品が2本。

写真は《避け所と殉教者の日々は遥か昔のこと》の一部。シカゴのサウス・サイド地区の聖ローレンス教会が取り壊された際にゲイツのバンド、The Black Monksが行ったパフォーマンス映像で6分31秒。黒人だからとは言いたくありませんが、でもこの肉体感のあるパフォーマンスはなんなのでしょう。同じようなことをするインダストリアル系、メタルパーカッション系の白人バンドもありますけど、音の線の太さとかリズム感がやはり全然違います。

もう一本は《嗚呼、風よ》という、これもThe Black Monksのメンバーによるヴォーカルパフォーマンスの映像で、タイトルは「嗚呼、風よ」。11分57秒の曲です。滲み出るブルージーなフィーリンがシカゴを感じさせますが歌詞は完全にゴスペルです

スポンサーリンク

「ブラックネス」

続いては「ブラックネス」。黒人らしい作品ではなく、作品がゲイツのアイデンティの可視化で、それがブラックネスということのようです。

▲広い展示室の左側に見えるのが《ドリス様式神殿のためのブラック・ベッセル(黒い器)》という陶作品

シアスター・ゲイツ《7つの歌》 この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示 – 非営利 – 改変禁止 4.0 国際」ライセンスの下で許諾されています

▲壁一面を使った《7つの歌》という7枚組の大作。

屋根にタールを塗る職人だった父親から教わった技術を制作に用いる「タール・ペインティング」シリーズの一つ。

「年表」

「年表」は本当に年表だけ。

▲日本と常滑、アメリカ、アメリカの黒人社会、そしてシアスター・ゲイツ個人の重要なできごとが年表としてまとめられています。

もちろんお勉強のための年表ではなくて、歴史がどうつながり、過去が現在や未来にどう影響するのか、そしてそれらの関連性を可視化したものです。まさにコンセプチュアルアート。

「アフロ民藝」

最後のセクションは展覧会のタイトルにもなった「アフロ民藝」。

▲アフロ民藝(AFRO MINGEI)と人名が書かれたパネル。下のブロンズ像と合わせて《香老舗 松栄堂 香時計》という作品です。

GARBEY – ジャマイカの黒人運動指導者、マーカス・ガーベイ。レゲエでもお馴染み
ANGELA DAVIS − 黒人活動家アンジェラ・デイヴィス。釈放運動にはジョン・レノンも参加。
THOMAS DORSEY – ニューオーリンズのミュージシャン、トーマス・ドーシー。ゴスペルの父
CATLETT – アメリカの女性黒人彫刻家でアーティストのエリザベス・キャトレット
YANAGI – 日本の民藝運動の主唱者、柳宗悦
KANJIRO – 日本の陶芸家で民藝で活動した河井寛次郎
HAMADA – 日本の陶芸家で民藝で活動した濱田庄司
RIKYU – たぶん日本の茶人、千利休
MOKUJIKI – 江戸時代の僧侶、木食上人
ARTE POVERA – イタリアの芸術運動「貧しい芸術」。日本でいったら「もの派」。

こうやって具体的に名前が並ぶと「アフロ民藝」のイメージがより分かりやすくなるかもしれません。

▲ある作品の裏に書かれていた和歌?

偉大なミシシッピ川。

ブルースはミシシッピ川のデルタ地帯で生まれ、アメリカが工業社会に移行する過程で黒人たちと北部のシカゴへ移り発展した歴史がありますからね。

シカゴ生まれのシアスター・ゲイツでもルーツを辿ればまずはミシシッピ川南部、そして大西洋の反対側のアフリカなのです。

▲シアスター・ゲイツの創作のもう一つのルーツは愛知県の常滑。陶芸の街です。

なのでTOKOSSIPPI(TOKONAMEとMISSISSIPPIだから)。

▲「アフロ民藝」セクション、そして展覧会《アフロ民藝》の最後はスピークイージー(もぐり酒場)を現代的な設えで模した空間。シカゴのクラブをイメージしたのかもしれません。

壁には「貧乏徳利」という庶民向けのお酒を入れる陶器が並んでいます。

その前にはDJブース。

▲DJブースには本当にレコードプレイヤーがあって、ターンテーブルには本物のLPレコードが乗せられていました。

レコードもかなり大量に持ち込まれているので、もしかしたら今後シアスター・ゲイツによるシカゴ仕込みのDJが展開されるかも!?

この日。ターンテーブルに乗っていたのはThe Stylitics(スタイリスティックス)の「Round 2」。彼らの傑作2ndアルバム。立てかけられているLPはThe Supremes(シュープリームス)の「New Ways But Love Stays」です。

どちらも70年代に入ったニューソウルの時代のアルバムで、シアスター・ゲイツがまだ生まれる前の音楽です。

木喰上人から始まってゴスペルがあり最後はDJブース。

黒人文化と民藝活動を取り混ぜ、通奏低音として黒人音楽が常にあるという構成は唸らざるを得ないですね。すごい。

日本とアメリカのサブカルチャーに共通点を見出し、それぞれの歴史や美意識をつなぎ合わせて未来へ繋げていくというコンセプトですから、これは世界中が注目するわけです。何度も言いますが凄い才能です。

鑑賞するならまずはゴスペル演奏の行われる日曜日の午後に。でもそれ以外の空いている日時に何度も噛み締めながら鑑賞したいです

スポンサーリンク

ミュージアムグッズ

まだ展覧会も開幕したばかりで図録は予約受付中でした。

▲展覧会図録 3,784円(税込み)で国内は送料無料です。

しかし現時点では発売日未定です。

▲「シカゴ・ファンク/常滑」。

何かと思ったらインセンスでした。

▲アフロ民藝の ”民藝” の部分のグッズ類も。

▲一番ユニークなのがこれ。《アフロ民藝》会期中にオープンするレコード店「MORI ART MUSEUM RECORDs」です。

中古レコードばかりディスプレイされていますが、新譜レコードの販売もあるそうです。

上段右端はアレサ・フランクリの「Young, Gifted and Black」。ニーナ・シモンの大名曲をタイトルにした、これもアレサ・フランクリンの大傑作アルバムです。

上段中央はちょっと見にくいですがアブドゥーラ・イブラハム(ダラー・ブランド)の「African Space Program」。70年代のバリバリの前衛ジャズです。

下段左端は山下洋輔トリオの「CLAY(クレイ)」。日本のバリバリのフリージャズですが、そもそもジャズは黒人文化の最たるもの、そしてタイトルの「クレイ」はあの黒人社会の英雄カシアス・クレイ、後のモハメド・アリのことですから。

▲実際にLPレコードは売れているみたいで、別の日に行ったらディスプレイされているレコードが変わっていました。

下段右はエリック・ドルフィー(とマル・ウォルドロン)の「The Quest」、下段左はアート・アンサンブル・オブ・シカゴ(AEC : The Art Ensemble of Chicago)の「Fanfare for the Warriors」。AECはシアスター・ゲイツと同じシカゴ出身の前衛ジャズ・バンド。アフロルーツを常に意識した音作りもありゲイツにも大きな影響を与えているのではないでしょうか。

写真撮影について

一部の作品をのぞき写真・動画ともに撮影可能です。写真・動画撮影できない作品には禁止マークが付いています。

また動画の撮影は1分以内に限りOK。

フラッシュ、三脚、自撮り棒は使用不可です。

鑑賞時間について

動画は2本合わせて20分程度なので普通に鑑賞すれば1時間くらいで見られると思います。

ただハモンドのパフォーマンスをみたり、ライブラリであれもこれもと読み始めたり、年表をじっくり読み始めるといくら時間があっても足りなくなって、2時間コース、3時間コースは当たり前になるかもしれません。

じっくり見ようと思ったら最低2時間は取っておきたいです。

基本情報

シアスター・ゲイツ転:アフロ民藝

2024.4.24(水) ~ 2024.9.1(日) 会期中無休

10:00~22:00 ※火曜日は17:00までチケット料金
オンラインで購入すると()の料金
[平日]
一般 2,000円 (1,800円)
学生(高校・大学生) 1,400円(1,300円)
子供(中学生以下) 無料
シニア(65歳以上) 1,700円(1,500円)

[土・日・休日]
一般 2,200円(2,000円)
学生(高校・大学生) 1,500円(1,400円)
子供(中学生以下) 無料
シニア(65歳以上) 1,900円(1,700円)

事前予約制(日時指定券)オンライン購入

森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階) : 東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー

アクセス:
東京メトロ日比谷線「六本木駅」1C出口 徒歩3分(コンコースにて直結)、
都営地下鉄大江戸線「六本木駅」3出口 徒歩6分、
都営地下鉄大江戸線「麻布十番駅」7出口 徒歩9分、
東京メトロ南北線「麻布十番駅」4出口 徒歩12分、
東京メトロ千代田線「乃木坂駅」5出口 徒歩10分

スポンサーリンク
シェア:
同じカテゴリーの記事 スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク

コメントを残す