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若い方々の中には倉俣史朗って誰ですか?という人もいるであろう。
倉俣史朗(クラマタシロウ)は、56歳という若さで1991年に亡くなった日本を代表するインテリアデザイナーだ。その倉俣が活躍したのは、主に1960年から80年代にかけてである。

2023年末から2024年にかけて世田谷美術館で「倉俣史朗のデザインー記憶のなかの小宇宙」展が開催され、連日大盛況だったのは記憶に新しい。この展覧会でデザイナー倉俣史朗を知った人も少なくないはずだ。

倉俣史朗は多くの家具や照明をデザインしたが、それだけでなく空間もたくさん手がけている。しかし、建築と違ってインテリアデザインすなわち内装デザインは、入れ替わりのサイクルが早い。

したがって、没後30年以上経過した今、現存する倉俣史朗が手がけたインテリアデザインの仕事はとても少ない。しかも誰でも自由に見学できて、都内にあるデザインというとほぼここだけといってもいいだろう。

六本木にあるAXISの階段だ。

また、香港のM+が倉俣史朗が手がけた鮨屋きよ友を丸ごとコレクションしたことは有名な話だ。

このことについては「香港の巨大美術館 M+で倉俣史朗の寿司屋「きよ友」を鑑賞 <M+その2:倉俣史朗編>」を読んでもらいたい。

AXISは、デザインの重要性に焦点を当て、その役割を発信する拠点として、5年の準備・計画を経て1981年9月に六本木に誕生した。今でこそデザインやアートの重要性に着目した施設は数多く存在するが、今から40年前にこのようなコンセプトの施設は非常に珍しかった。むしろ、施設のコンセプトをデザイン発信に絞った施設の先駆け的存在であろう。

AXISには、国内外から優れたデザインが集まり、ショップやショールーム、レストランなどが設けられている。デザインやアートなどの展覧会やイベントなどで訪れる機会も少なくない。

このAXISを運営しているのが、ブリヂストンだ。当時のブリヂストン本社ビルの内装も倉俣史朗だった。その空間はもう存在しないが、その時にデザインしたガラスのベンチや椅子などは、旧ブリジストン美術館、すなわち現在のアーティゾン美術館に所蔵されている。

ブリジストン(石橋財団)と倉俣史朗の縁はそれだけではない。クラマタデザイン事務所が大切に保管してきた数々の図面や貴重な資料もまとめてアーティゾン美術館が所蔵したのだ。

このような縁が現在も続いている倉俣史朗とブリジストンとの長きにわたる関係を理解して、AXISのクラマタ階段を一段一段踏みしめたい。ちなみにAXISの建築設計は倉俣史朗ではない。あくまでも階段だけである。しかも階段を担当したのは、当時クラマタデザイン事務所に所属していた近藤康夫である。近藤は東証アローズなどを手がけたインテリアデザイナーだ。

AXISにとってこの階段がこのビルの大吹き抜け空間で一際存在感を放っている。この場所にとって重要な存在であることは言ってみてみれば一目瞭然だ。

擦りガラスに覆われた美しいクラマタ階段をこれからも折に触れて訪れたいと思っている。

AXIS

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